代表ごあいさつ
ホームページをご覧いただき有難うございます。
当社は「高知鯨」という名前の通り鯨肉の原料・製品を取り扱っております。
加えて当社の特色としては、設立当初より大手の商社と取引しており、
水産物全般を主体にあらゆる食品を取り扱っている会社です。
特に産地メーカー様・商社様から国内外の冷凍水産物を直接仕入れるため、
適切な価格で仕入れ、更に同時に最新の情報を集め揃えることができます。
また、当社は加工機能を備えており、鯨をはじめ、鮭やサバ等の魚を切り身にしたり、茹でたりすることで
付加価値の有る商品も提供しております。
そうして取り揃えたあらゆる食品とその情報をお客様に小回り良く、適切なタイミングで適切な量を適切な価格で
提供することを目指しております。
それを実現することでお客様に安全で美味しい食品を供給し、
必要不可欠な食品問屋になる努力を続けたいと思っております。
最新の取り扱い商品上位10品目はえび・かに・さけ・いか・さば・あじ・うなぎ・たこ・貝類・鶏肉です。
詳しくは別ページで商品案内をいたしますので更にご覧になっていただきますと幸いでございます。
代表取締役社長 千﨑 営一郎
沿革
明治20年頃 宇佐の回船問屋「相模屋」次男、松次郎が、
明治、大正、昭和と雑喉場(ざこば、後の中央卸売市場)のあった九反田で
海産物店をひらく。
鮮魚と塩干物を扱い、商号を「丸松」とした。
江戸時代、土佐藩が鯨局まで設け、土佐沖で盛んだった土佐の捕鯨漁は、
モリと網を使う漁法であり、
このころ捕鯨砲の出現でとん挫していた。
松次郎は土佐人の鯨好きを満たすため、大阪の鯨問屋から仕入を始める。
明治末頃 松次郎、旧弘岡町(現南はりまや町)にて「松月楼」を開業。
料亭経営に乗り出す。
全盛期には「得月楼」「大貞楼」に次ぐ規模だったという。
大正8年 松次郎の死去にともない、二代目 千﨑辰五郎が継ぎ
「丸松海産物問屋千崎辰五郎商店」と改名。(「松月楼」は廃業)
昭和20年 辰五郎の三男 健一郎が、第二次世界大戦後の統制下において、
日本水産株式会社(現、株式会社ニッスイ)、極洋捕鯨(現、株式会社極洋)、
宝幸水産株式会社(現、株式会社宝幸)等の特約店になることで、合法的に鯨加工に乗り出す。
昭和25年 「高知鯨株式会社」を設立。
高知で初めて小型トラックを仕入れ、輸送販売を始める。
昭和38年 「千﨑商店」を、高知鯨㈱に一本化。
昭和42年 高知中央卸売市場の高知市弘化台への移転に伴い、
本社を現在地に定める。
昭和60年 健一郎死去に伴い、長男 皓一郎が社長に就任する。
市場内の関連店舗、外商部門の特販部、土佐清水営業所、
中村営業所と組織を拡大する。
平成12年(2000年)に創業100周年と設立50周年を迎える。
平成30年(2018年)皓一郎が会長、長男 営一郎が社長就任。